映画:祝の島を観て

「祝の島」という映画を観た。

漁業と農業などで生活をなさっている方が多く暮らす島の対岸に、原発計画が持ちあがり、埋め立て等の決議もされていってしまう。
仲のよかった島の住民は、推進派反対派とに分断されてしまう。
そんな島の、反対派の立ち位置のドキュメンタリー映画だった。

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原発の存在。
個人的には、要らないと考えている。
核を知らないから、漠然と怖い。
知りたいとも特に思わない。

東日本大震災で原発施設が崩壊して、土地や空気や水が汚れたと、ニュースで知った。
そこに住んでいた人は避難し、たくさんのペットや家畜などの生き物が見殺しにされたとニュースで知った。
埋め立てをすることで、生態系が崩れた場所のことをニュースで見た。

私のデータはそんな程度のもんで、実際に健康被害を体験したわけでも、放射能の影響を受けて病気になった知人が居る訳でもない。

だから、
「地球が汚れるなら、わざわざ不自然なコトをしないで欲しい。偏った誰か達の利益の為に。」
ただそこに尽きる。
私が悲しいから。

原発だけじゃなく、リニアもそうだし、新しく山を削って造るニュータウンに対しても同じ。

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いろんな場面で、世の中には
空間→地球規模、宇宙規模
時間→今と7世代以上未来と過去
くらいの感覚の人と、
空間→自分と友だちとその家族+知人に関連する所
時間→今と孫世代と過去
くらいの感覚の人とが居るのかなと感じる。

それによってだけでも“正義”は変わってくるのだろう。
どちらが良いとか優れているとかではなく、違う。
その軸に個人的なコトが絡むから、みんな違う。

争いは、正義と正義の対峙。
お互いが「何言ってるの?愚かな…」と思っている、当たり前が違う者同士の間でおこるようだ。

世の中の流れで、強くて大きな力を持つ勢力と対峙する立場に居る場合、デモ活動など以外に何が出来るのだろうか。

争わず離れる。
それしか無いのだろうか。

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消費活動は一つ一つが選挙のようなもの。
という感覚が、少しずつだが身につきつつある。

商品にはバックストーリーがあり、
それを購入するということは、
それに賛成票を入れるということ。

せめて、電氣などのライフラインも、
「私は、○○で生産された△△の電氣で生活したい。」というような、選択が出来るといい。

そんな風なコトを考えた。

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